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"国鉄服に逆立てた髪"というパンキーなルックスで登場した、仲野茂=シゲル(vo)/藤沼伸一=シンイチ(g)/辺見泰成=マリ(g)/寺岡信芳=テラオカ(b)/小林高夫=コバン(dr)から成る5人組、アナーキー。バンド名を冠した80年の衝撃的デビュー・アルバムは、セックス・ピストルズの洗礼を受けた荒削りにしてエネルギッシュなパンク・ロックンロールで埋め尽くされた。そして、「バカヤロウ」「コノヤロウ」「畜生」ってな具合に叩きつけられるストレートで辛辣なコトバは、反抗期まっさかりの中・高校生のハートを刺激しまくったのだ。その恐れを知らぬ毒ヅキの一部は、レコ倫のお達しにより、ピーッという信号音でレコードの溝から掻き消されてしまったりも。
81年には、クラッシュとの仕事で知られるマイキー・ドレッドのプロデュースにより、『亜無亜危異都市(アナーキー・シティ)』をロンドン・レコーディング。本作では、レゲエ/ダブにも挑戦し、演奏テクニックもグンっとアップさせている。以降、グルーヴィなリズム隊が主軸となるファンキー・チューンや中期ローリング・ストーンズを彷佛させるブギー・ロックなど、楽曲の幅をどんどん広げていく。その魅力は、『デラシネ』(84年)や『ビート・アップ・ジェネレーション』(85年)に顕著だ。
その後、マリが起こした傷害事件によって活動停止を余儀なくされたアナーキーは、86年、ザ・ロック・バンドと改名。マリを除く4人編成によって、アルバムを2枚発表する。が、活動は尻つぼみに……。シゲルは仲野茂BAND、シンイチは舞士を結成と、メンバーは各々の表現の場を求めていくことになる。
――時を経て94年、"一度限り"という約束でオリジナル・メンバーによる復活を果たす。そしてニ度、三度とズルズルと……。結局、新生アナーキーとしてのスタートを決意する(ドラマーはWRENCHの名越藤丸に交代)。その第1弾アルバム『ディンゴ』は、かつてのサウンドを期待したオールド・ファンをびっくり仰天させた。打ち込みを大胆に導入したオルタナティヴなデジ・ロックが展開されていたのである。以後も同路線で順調な活動ぶりをみせていたが、新世紀を迎えた01年、突如として休止を宣言。アナーキーは再び眠りについてしまった。 |
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